秣岳(まぐさだけ)
秋田県東成瀬村
標高1424m
栗駒バス停からタクシー
JR一ノ関駅前から岩手県交通バス須川温泉線終点須川温泉下車
【写真】タテヤマリンドウ
2011年7月2日
 630 JR水沢
 721〜725 JR石越(市民バス乗り換え)
 805 栗駒バス停(タクシー乗り換え)
 856 イワカガミ平
 938 展望が良い地点
1004〜1020 栗駒山頂
1037 天狗平
1126 鞍部
1152 しろかね草原標柱
1202〜1225 湿原・昼食休憩
1234 秣岳
1310 秣岳登山口・車道
1322 シラタマノキ湿原入口
1326 須川湖入口
1355〜1500 須川高原温泉(バス乗車)
1626〜1731 JR一ノ関(JR乗り換え)
1755 JR水沢

 秣岳登山の日程を検討すると往復で一ノ関駅〜須川高原の路線バスを利用した場合、時間的に余裕がなさそうだ。そこで以前から頭の片隅にあった行程の一案が浮上した。宮城県栗原市栗駒→いわかがみ平→栗駒山→秣岳→須川高原温泉→一ノ関駅である。これは栗駒山の縦走または横断コースとでも呼ぶのだろうか。実行はそれほど困難ではなさそうである。
 東北本線石越駅で下車。石越駅は改築中で臨時改札口から駅前に出た。駅前通を直進するとすぐ右手に市民バス停はこちらという案内板があったのでそれに従って右折。広い空き地に出るがその一角にバス停と4〜5人が座れるほどの小さな待合所がある。この場所は旧くりはら田園鉄道の石越駅のホームの裏(西)である。数年前の鉄道路線廃止直前に小生はここまで写真を撮りに来た。今その跡はほとんど無くなっている。石越から乗車したのは小生のみ。若柳市街地で高校生が次々と乗車し金成支所で座席はほぼ埋まった。大岡付近は地震の被害で通行できないためバスは迂回した。全体的に地震(栗原市は震度7)による車道の損傷が多く段差のある場所では徐行する。それでも時折激しい揺れが起こる。
 栗駒バス停で下車する。ここは旧くりはら田園鉄道の栗駒駅前で鉄道、バス、タクシーの交通の要衝となっていた場所である。今回訪れた時は既に駅舎は無く駅前広場は石ころの更地になっていた。景色の変貌に驚く。それでも客待ちのタクシーが数台待機していたのでタクシーに乗り換えた。県道築館栗駒公園線をまっすぐいわかがみ平に向かうと思っていたらそうではなかった。栗駒ダム湖脇を通る県道は地震の影響で通行止めのため山中のカーブの多い道を迂回した。交通量も極端に少ない。そのせいか道に迷っている車を数台見かける。さすがに地元のタクシーは躊躇無くどんどん進む。世界谷地付近の橋も通行止めのためさらに迂回した。耕英東の十字路で左折しやっといわかがみ平に向かう見覚えのある県道に入った。しかし沿道の山脈ハウス、ハイルザーム、憩いの村などの観光施設はロープが張り巡らされ3年前の内陸地震以来、営業が再開されてないようである。タクシー運転手によると建物の被害が大きいのと温泉の泉質が変わってしまい復旧困難な状態とのこと。さらに今回の大震災で被害が増大した。登山コースの裏掛コース、表掛コースの入口は通行禁止のロープが張ってあった。右手正面を仰ぐと国内最大規模と言われる土砂崩落現場が見える。岩手県側の国道342号沿いでは土砂崩れの復旧が進んでいるがこちらはほとんど手が付けられていないように見える。
 いわかがみ平の広い駐車場でタクシーを降車する(栗駒タクシー8660円)。少し前に団体登山客を乗せた大型観光バスが1台到着したところでバスから続々と人が降りてくる。それ以外は閑散としていた。団体の先に出発したいので急いで支度を整えレストハウス前の登山道を登り始める。登山道はしばらくコンクリート舗装されている。途中にある東栗駒山方面分岐にはロープが張られ通行禁止となっていた(栗駒山頂直下から東栗駒山への分岐点にもロープが張られていた)。ミズキ、クロベ(針葉樹)、タニウツギ(開花中)、ガクウラジロヨウラク(開花中)、サラサドウダン(開花中)などの低木が続く。路上にシロバナニガナが咲く。
 ツマトリソウ、マイヅルソウが目立つようになると低木帯を抜け展望が良い場所に出た。北の栗駒山頂から西に連なる山並み(山肌には残雪がある)の雄大な風景が見渡せる。目測で山頂は近いと確信したので高山植物を観賞しながらゆっくりと登った。ヒナザクラ、イワカガミ、ハクサンチドリ、ネバリノギラン、オノエラン、マルバシモツケ、ウグイスの声。旧登山道は植生保護・回復のためローブが張られ通行禁止となっている。コバイケイソウの脇を擦り抜け山頂に到達した。山頂にある小祠に手を合わせ無事を祈願した。山頂には小生を含め9人であった。
 少し休憩したのち天狗平経由で秣岳に向かう。ハクサンボウフウが咲く。続々と登ってくる登山者と擦れ違う。間もなく天狗平に着く。各方向へ登山道が分岐しているが直進し秣岳に向かう。いきなり背丈を超える笹藪に入り足下が見えない。草原の中を進む展望がよいコースと思っていただけに意外な展開にとまどう。幸い藪は長く続かず右手に小湿原が拡がる。タテヤマリンドウ、ミツバオウレンが咲く。イワイチョウも多いが花期はこれからのようだ。道沿いに掲げられていたプレートには「サラサドウダンの道」と記されている。その通りサラサドウダンは多いが花はほとんど見られない。標高1573mのピークからの展望が本コースの見どころの一つだ。北面の展望が開け眼下に龍泉ヶ原、昭和湖、遠方に名残ヶ原、須川高原温泉、須川湖、西に緩やかな傾斜の草原と残雪のある秣岳が見える。足下にムシトリスミレが咲く。この先秋田・宮城県境を西に下るが道はナナカマドなどの低木帯を通るのでしばらく展望は無い。U字溝状で露出した岩が多い歩きにくい道を下る。沿道にはアカモノ、ゴゼンタチバナ、ツマトリソウ、オノエラン。天狗平〜秣岳間の登山者は少なく擦れ違ったのは2組のみだった。
 一旦鞍部まで下った後、秣岳への登りとなる。タテヤマリンドウの湿原草原の中に道が続いている。所々に残雪と池塘。右手(北側)は眼下から遠方まで展望が良い。平坦な湿原草原の中央に標柱が立っていたが文字が読みとれなかった。たぶんしろかね草原だろう。木道で横断する。草原の北端に露岩が積み重なったピークがあり登山道はその露岩の間を縫うように通過する。露岩帯を抜けると再び開けた平坦な草原に出た。木道の上を進む。前方に先行する登山者が見えたが木道上では追い越すことができないので丁度昼になったことだし休憩にした。幸い一箇所だけ木道が二列になっている所があり、この場所なら通行する登山者に邪魔にならないだろうと思い腰を降ろした。モウセンゴケ、タテヤマリンドウ、ワタスゲ、イワカガミを見ながら昼食をとる。その後仰向けになり青空を眺めながら休憩した。何となく草原の西端(秣岳山頂方向)を見ると見覚えのある針葉樹林帯がある。アオモリトドマツではないか。栗駒周辺は針葉樹林帯を欠く偽高山帯のためアオモリトドマツは自生していないと思っていたのだが。
 山頂に向かって木道を進む。木道が終わり山頂への最後の急斜面に取り付く付近に針葉樹が群生しているが間近で観察するとアオモリトドマツであった。枝先に雄花をつけている。特有の甘い香りがする。後日調べると秣岳のアオモリトドマツは地元の東成瀬では良く知られているとのことである。将来このアオモリトドマツは八幡平のように勢力を拡大するのだろうか。興味深いテーマである。秣岳山頂は中央に三角点、その周りに4〜5人座れるスペースがある。展望は東面が開け直下の草原や栗駒山方面を見渡せる。西面はササで展望は無い。
 下山は須川湖方面に下る。今までの草原の雰囲気から一転して笹藪を伐開した歩きにくい道となる。勾配は急で擦れ違ったグループは苦しそうだった。時折ササやハクサンシャクナゲの間から須川湖を望む。岩盤の上を横断するがこの付近はネマガリタケの山菜採りが多い。シラネアオイ、オオバキスミレが咲いていて雪解けが遅い場所と思われる。ロープを頼りに急斜面を下るとブナ林に入った。この日唯一の高木林の中を通る。ブナの巨木を楽しみながら進んでいくが癒しの空間は長くは続かず下界を通行する車の音が聞こえてくる。間もなく車道に出た。
 須川高原温泉に向かって車道を歩く。道路脇の沢で靴の泥を落としさっぱりとしたので気兼ねすることなく温泉に入れるだろう。沿道にズタヤクシュ、ハクサンチドリ。山菜採りも多い。途中、須川湖や幾つかの湿原があるが今回は時間の余裕がないので立ち寄らなかった。須川高原温泉では下足番に靴を預けフロントで内湯の料金を支払い入浴券を受け取った。館内通路の入口に立っている女中さんに入浴券を渡すと浴場への通行が許される。白濁した熱い湯に浸かる。強酸性の効能を得たいが為に20分、熱さを我慢して入浴した。外に小さな露天風呂があり涼しい外気に触れた分、何とか我慢できた。
 風呂上がりは売店に直行し缶ビールを買い求め足湯のベンチに座って一気に飲み干した。これは今の時点で今年最高の美味いビールだったと思う。ビジターセンターを急いで見学した後、発車待ちのバスに乗車した。須川高原温泉の玄関前に数名の従業員が立ち並び発車するバスに向かって手を振っている。我々乗客も手を振って別れを惜しんだ。このバスは多客期用で補助席が付いている。先の内陸地震で崩壊した祭畤大橋は磐井川上流に新しい橋が完成していた。崩壊した旧橋には多くの見物客が来ていた。国道342号は東日本大震災の被害で一部通行止めのため大きく迂回(奥州市衣川区の近くまで)した。一ノ関でJR東北線に乗り換える。平泉駅付近では電車の車窓から世界遺産の無量光院跡が見えるが普段人を見かけたことがないのに今日は多くの観光客がいる。大震災の影響を強く感じた一日だったが平泉は別格のようだ。栗駒山ろくの観光施設も早期に復旧し賑わいを取り戻すことを願う。

参考文献
※1「再発見 胆江地方から見える山々」及川慶志著 胆江日々新聞社2000年4月発行

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